2010年06月29日

昭和の香り漂うお話しを二つ。

 28日午前10時半、オカダシゲヒロ氏、新作を持って来社。柴犬好きのオカダくんがラッキーにおやつを買ってきてくれた。最初は食べなかったのに一口食べたらこんどは「くれ!」と要求してバクバク食べた。オカダくん、ありがとう。

 昼、井上デザインの井上さんとお東陽先生の単行本デザインの打ち合わせ。その後雑談で出版界のウワサをいろいろとおしえてもらった。井上さんもスタッフが増えて忙しそう。

 夜7時、四谷三丁目杉大門通りにある齣忠にて、流しの新太郎さんをお東陽先生がインタビュー。戦後、上野駅の地下道で寝ているとろを声かけられ、15歳で流しの世界に入り、それから58年もの間流し一本で生きてきた新太郎さんの話は面白いし迫力が違う。昭和の移り変わりを目の前で見せて貰ったような貴重な時間だった。
 インタビュー後四谷三丁目しんみち通りにできた「おかげさま」という店へ移動。この」店を経営するご夫婦が、なんとお東陽先生の大ファン! ここで新太郎さんに一曲うたってもらい、二曲目は新太郎さんの伴奏でお東陽先生が「新潟ブルース」をご披露。いやあ、濃い夜でした。その後会社に戻り、ひたすらテープ起こし。

 29日、引き続きテープ起こし。昨日より昼から根本敬さんも出社し、連日終電近くまで集中して「生きる2010」のペン入れ作業。今日は夕方に宮西計三さんがフラリと見えて、根本さんにたのまれていたご自分のバンドのCDをサインをいれて渡し、しばし根本さんと雑談されていた。いやあ、濃いお二人が揃うとすごいね。

 夕食は根本さんを交えて、タラのバター醤油煮、ホウレン草とソーセージのバター炒め、トマト、枝豆、冷や奴、沢庵、ヨーグルト、ブルーベリー、以上。

 ところで、「ゲゲゲの女房」でやっと創刊されましたね『ゼタ』。昨日今日とドラマに香田さん役の人が出てたけど、肝心の香田明子さんは、昨日今日と大学病院に行ってたので見られなかったそうな。電話したら「どうだった?」ってちょっと気にしてたみたいだったのであれこれ説明。「明日は絶対に見てね」といったら「うん、見てみるわ」って。でも本人にしてみれば不思議な感じなんだとか。
 創刊当時、実は長井さんは結核で勝浦に入院中だったので、時々しか会社に来られず、香田さんや他のスタッフが創刊の準備をしていたのだった。香田さんに電話して私も今回初めて聞いたんだけれど、ちゃんと準備号を作ったらしい。「え、それまだあるの?」ってきいたら「創刊号が出たときに捨てちゃったわよ」て笑ってらした。
 創刊まで、時々勝浦の病院を抜け出して東京に出て来ていた長井さんは、白土三平氏の家に泊まり、何度も打ち合わせして表紙のイラストを頂いたらしい。『ガロ』はご存じの通り白土さんの命名でロゴも白土さんが自らかかれたもの。そして白土さんから「文字は赤い色で」「真ん中は黒で」「イラストは下に」という指示をいただき、それに合わせて香田さんたちが表紙の版下を作った、という。
 香田さんの話では当時『朝日ジャーナル』が人気があったので、白土さんから指示を頂いたときに「私はちょっと『朝日ジャーナル』を意識してたかもね、そのときは」とおっしゃっていた。
 『ガロ』が創刊されるまで単行本を出版していて、しかしドラマ同様貸本末期の頃だったので、在庫がいっぱいのこっていて大変だったという。「おそ松くん」「忍法秘話」「サスケ」等を出していたのだ。それで『ガロ』を創刊してからそこに既刊本の広告をのせたところ、たくさん注文が入るようになり、単行本も瞬く間に売れていったらしい。

 いいなぁ。「瞬く間に売れる」ってなんて羨ましい響きだ。我が社の本も「瞬く間に」売れますように、と願って本日はオシマイ!(手塚)

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日本で最長老の流し、新太郎さんの伴奏で「新潟ブルース」を熱唱するお東陽先生。歌い終わるとお客さんから拍手喝采でした。
posted by 青林工藝舎 at 23:20| 日記