2010年06月23日

つりたくにこ=河合はるこ!?


 ここ一月ほど、NHKドラマ「ゲゲゲの女房」で少女マンガ家の卵として登場する「河合はるこ」は、若くして亡くなったマンガ家のつりたくにこさんがモデルではないかと話題になっているようです。元々はネットで「河合はるこにはモデルがいるんでしょうか?」と誰かが質問したことに「つりたくにこさんでは?」という書き込みがあったことから一気に噂が広まり、伝言ゲームのように情報の細部が抜け落ちたりあらたな情報が加わったりする中ですっかり「河合はるこ=つりたくにこ」ということになってしまったみたいですね。
 実際のところはどうなんでしょうか? すでに一部で検証作業がはじめられているようですが、最初に現時点での私個人の見解を書けば「モデルではないが、何らかのヒントにしている可能性はあるかも」ということになります。以下に理由を。
 まず、「モデルではない」と判断する根拠として、河合はることつりたくにこの間には決定的に違う点があります。作品傾向とデビュー時期、水木しげるさんの元でアシスタントをした時期です。

 河合はるこ:少女マンガ家の卵で、おそらく62年頃、貸本向け少女マンガ出版社「若村書房」からデビューし、その頃水木(ドラマでは村井茂)さんのアシスタントをした。

 これに対してつりたさんはというと、

 つりたくにこ:マンガを投稿し始めたのは61年頃。最初はセントラル出版「街」にアクションものを投稿していたが、62年後半以降は「少女フレンド」に少女マンガを投稿、65年に「ガロ」で入選。デビュー。以降「ガロ」を中心にマンガを執筆。少女マンガは翌66年から67年にかけて、若木書房の「風車」で短編や、長編描き下ろし「ひまわりブック」を手掛け、「少女フレンド」でも短期連載。水木しげるさんのアシスタントをした時期は68年の7月から約一ヶ月間。

 実際のつりたさんは少女マンガ家を目指していたわけではなく、初期はむしろさいとう・たかをさんなどが好きで、アクションものを手掛けていたようです。貸本短編誌「街」に頻繁に投稿していたものの入選には至らず、「街」選評者の勧めもあってか(?)少女マンガを描くようになります。高校在学中に休みを利用して上京し、「少女フレンド」編集部に持ち込みをするも、編集部主導型のシステムにがっかりして帰郷。同時期に「ガロ」が創刊され、白土三平さんの呼びかけ文「マンガを描こう」に書かれていた「題材は自由」という言葉に惹かれて「ガロ」に投稿するようになります。その後一時期少女マンガも描きますが、どちらかといえば生活のためで本人の肌に合っていなかったらしく、67年7月以降は少女ものは手掛けていません。マンガ家になる上での主要な動機と、作品ジャンルがまずドラマとは違うので、つりたさんが「モデル」とは言えないと思います。もしつりたさんが今ここにいて、ドラマを見た上で自分が河合はるこの「モデル」だと噂になっていると知ったら、一言「ナンセンス!」というでしょうね(笑)。

 というわけで最初は私も、河合はることつりたくにこは無関係で、いくつかの設定が偶然似てしまっただけと考えてました。しかし細部を検証していくと、まったく無関係とも言い切れない気もしてきました。ドラマに出てくるいくつかのキーワードや細部のディティールはつりたさんのエピソードをヒントにしているかもしれない、というか。それがどんなところかというと、

 1.若い女の子が地方から持ち込みのため上京し、出版社を訪ねる点。訪ねた出版社はドラマでは「三海社」。編集長の深沢は長井勝一さんがモデルになっているようです。「三海社」は長井さんの貸本時代の出版社「三洋社」がモデルになっているようですが、つりたさんが持ち込みをしたのは三洋社がなくなって長井さんが青林堂を立ち上げてからですから時期はズレます。

 2.上京して間もないデビュー当時、お金がなくパンの耳ばかり食べていた。

 3.ドラマに登場する出版社社長・深沢が河合を評して「ダイヤの原石」という言葉を使っている。

 「1」はまあ、つりたくにこヒント説としてはちょっと弱いです。マンガ家になるという夢を人一倍強く持っていて、若いときに地方から上京したという点はつりたさんと共通しますが、だからといってそれだけで河合はるこがつりたさんだと決めつけるのは無理があるでしょう。
 しかし「2」の「パンの耳」というキーワードが出てきた時点でちょっとだけ「もしかして?」と思いました。実際につりたさんの上京後の主食が「パンの耳」だったことを、つりたさんの一緒に上京した友人のふじのたかこさんをはじめ、多くの人が証言しているからです。
 続いて「3」の「ダイヤの原石」という言葉ですが、つりた作品についてどこかで極めて近いニュアンスの言葉を目にした気がするんです。米沢嘉博さんだったかなと思い「ダ・ヴィンチ」97年7月号に米沢さんが書いたつりたさんに関する文章を読み返してみると、「作品の完成度ではなく、そこに散らばったさまざまなカケラがいつまでも気にかかる」とあります。微妙に違いましたが…。なぜ「原石」という言葉に反応してしまったかというと、つりたさんの作品群はまさしく「原石」なんです。つりたさん以前に、つりたさんのような傾向の作品を描いていた作家(特に女性)はいませんでした。つまり、米沢さんが書いているようにいろんな傾向の作品があって、粗削りではあるんですがそれぞれに他にはないオリジナリティがある。ドラマで出てくる「原石」という言葉は、今後作家としてどんどん伸びていく可能性を秘めた意味で使われますが、しかし同じ言葉をつりたさんに当てはめた場合、「原石」という言葉のニュアンスは残念ながら若干違ってきます。デビュー時「原石」としての可能性を秘めていたつりたさんとその作品群は、73年に難病の全身性エリテマトーデス(昨年亡くなったマイケル・ジャクソンも同じ病気だったそうです)に罹ったことにより磨かれる機会を与えられず、その後ご本人が若くして亡くなってしまったために、いわば今も原石のままだからです。

 私小説の場合と同じく、事実を元にしているとはいえ、ドラマとして脚色が加わった時点で物事は客観的事実からは遠ざかります。例えばこれが私小説の場合で、モデルとなった人物がいたとしても、それを書いた人物の主観が入ったらあるがままの現実と異なるものになるのは当然でしょう。したがって、私的作品の「モデル探し」をするというのは、当の「モデル」からするとはた迷惑なことが多いんですね。他人の主観で書かれた自分の姿を、あたかも実像であるかのように見られてしまうのはあまり気持ちのいいものではないでしょうから。
 最近の映画で、50年代のアメリカのR&Bレーベル「CHESS」を題材にした「キャデラック・レコード」という作品がありました。
 音楽好きには知られたレーベルだと思いますが、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、チャック・ベリー、エタ・ジェイムズなど錚々たるアーティストを抱えたチェス・レコードを描いたドキュメンタリー風フィクションです。ストーリーには事実とは異なるアレンジがずいぶん加えられているんですが、実在の人物の性格、立場などを映画での「設定」として生かし、この映画の場合はそれぞれの持ち歌もそのまま使うことでリアリティを生み出していました。
 「ゲゲゲの女房」もある程度このパターンではないでしょうか? 「ゲゲゲ」の脚本を手掛けた山本むつみさんは元編集者とのこと。おそらく、原作本以外にも資料として水木さんのエッセイや長井勝一さんの「ガロ」編集長、桜井昌一さんの本などを読まれたのではないかと思います。貸本マンガの終焉からその後やって来る雑誌マンガの興隆のダイナミズムと、そこに関わった人たちそれぞれの人間関係をめぐっては印象的なエピソードがたくさんあります。これらをピックアップし、「ゲゲゲ」の原作に肉付けしたのち、ある種コラージュのようにドラマの脚本を再構成した可能性はないでしょうか? その過程の中でつりたさんのエピソードを目にし、細々とした、しかし妙にリアルで頭に残るエピソードの断片をかき集め、換骨奪胎して新たなキャラクターを作りあげるという方法を採った可能性はあると思います。「事実」の持つリアリティが脚本家のインスピレーションを刺激し、物語に強度を与え、加えて昭和30年代後半の貸本マンガ界の凋落と貧乏生活の描写が今の時代の不景気な世相に響いてヒットにつながったのかもしれませんね。「ゲゲゲの女房」で貸本マンガに興味を持った方は弊社発行の辰巳ヨシヒロさんの劇画漂流 上巻下巻、松本正彦さんの劇画バカたち!!も是非併せてお読み下さい。

 というわけで現在、そのつりたくにこさんの作品集「フライト」を編集中です。
 100%「ゲゲゲ」効果に便乗した企画ですが、はじめてつりた作品を目にした読者の皆さんが「フライト」を読了後「なんだ、河合はるこじゃないじゃん」というミもフタもない感想しか持たれないような本にはしてしまってはつりたさんにも怒られそうなので、「ゲゲゲ」と関係あるなしに関わらず、読んで何かが残るような一冊にするにはどうしたらいいかあれこれ悩み中です。
 ……と書くと「具体的にどういう本か全然わからん」と言われそうですが(笑)、実は現時点ではつりたさんのご主人からお借りした原稿を一気にスキャンして、やっとゴミ取り修正が終わった段階。ゴミ取りはある意味単純作業なので、データをいじりながら上記のようなことをず───────っと考えていた次第です。一つだけ書いておけば、今回の「フライト」には最晩年の作品群が収録されるのがこれまでの単行本にはなかった点です。SFへの興味がストレートに作品上に表れた初期作品から、60年代の学生運動やジャズ喫茶などの若者風俗、シュール・レアリズムを経て、つりたさんが最終的にどこへ向かったのかを見渡せるような本にできればと思っています。未発表作も入りますし、代表作である「マダム・ハルコ」(そういえば「はるこ」ですね、これ)の単行本未収録バージョン(オリジナル版発表後に本人自ら一部描き直し、再構成した最終版)も入ります。これからアミ入れをして(昔の原稿なのでトーンが貼ってなくて、全体の三分の一ほどはウスアミ部分が製版指定なんです)、最終的な収録作セレクト、未発表作品のセリフ入れ、年譜作成、作品解題、カバーデザインをやらないといけません。7月に出すには実質あと一週間ほどなんですが、果たして終わるのか俺!
 つりた本の年譜を作るためにあれこれ資料整理したりしてたらまたいろいろ見つかったので、この話題は気が向いたら今後も続くかもしれません。(浅)
posted by 青林工藝舎 at 19:01| 日記